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東京地方裁判所 昭和30年(行)89号 判決

原告 夏原裕子 外一名

被告 国・東京都知事・中野区農業委員会 外一名

主文

原告らの被告国及び同榎本福太郎に対する各請求を棄却する。

原告らの被告東京都知事に対する買収処分無効確認並びに取消請求を棄却する。

原告らの被告東京都中野区農業委員会に対する買収計画無効確認請求を棄却する。

その余の本件訴を却下する。

訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

一、(1)、被告東京都知事との関係において、同被告が久保田弘に対し昭和二十二年七月二日附をもつて別紙目録記載の土地につきなした買収処分並びにみぎ同日附をもつて被告榎本に対してなしたみぎの土地の売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。

(2)、被告中野区農業委員会との関係において、同被告が昭和二十二年六月九日別紙目録記載の土地につき樹立した農地買収計画は無効であることを確認する。

(3)、被告榎本は別紙目録記載の土地につき東京法務局中野出張所昭和二十五年一月三十一日受付第九九八号をもつてなされた同被告のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(4)、被告国は別紙目録記載の土地につき東京法務局中野出張所昭和二十五年一月十七日受付第四五三号をもつてなされた農林省のための所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(5)、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求める。

二、仮にみぎ第一、二項の請求が認められないときは、

(1)、被告東京都知事が別紙目録記載の土地につき昭和二十二年七月二日付でなした買収処分及び右同日付でなした被告榎木福太郎に対する売渡処分は、いずれもこれを取消す。

(2)、被告東京都中野区農業委員会が昭和二十二年六月九日樹立した前項記載の土地に対する買収計画は、これを取消す。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、別紙目録記載の土地はもと久保田弘が所有していたところ、被告東京都中野区農業委員会は昭和二十二年六月九日みぎ土地につき自作農創設特別措置法第三条に基く買収計画を樹立し、被告東京都知事は同年七月二日付の買収令書を昭和三十年十二月二十二日みぎ弘に交付し、また昭和二十二年七月二日付で被告榎本に対し同法第一六条に基く売渡処分をなし、請求の趣旨一、の(3)(4)記載の各登記がなされた。

二、みぎ久保田弘は昭和三十一年十月二十六日死亡したので、その妻ハナ及び二女である原告夏原裕子が同人を共同相続したが、ハナは同年十二月五日死亡したので、原告夏原及びハナの養子である原告久保田武が同人を共同相続した。

三、本件買収処分は次の理由によつて無効である。

(一)  被告知事は久保田弘が本訴を提起するに至るまで同人に対し自創法第九条の規定による買収令書の交付手続をなさず、前記のように本訴提起後昭和三十年十二月二十二日に至つて始めてみぎの手続をなし、みぎの手続は農地法施行法第二条第一項の規定に基いてなしたものであると主張している。しかし、みぎの法条は自創法の廃止と農地法の施行に伴う経過措置を規定したものであつて、しかも農地法施行時迄に特殊の事情からやむを得ず自創法による手続の完結しなかつた極く僅かな場合を対象としたものであり、自創法による買収手続にかしがあつた場合に、これを追完すべく規定したものではない。このことは、施行法第三条が売渡処分に関する経過措置を規定しながら、既に売渡通知書が交付された場合にのみ自創法所定の手続によることを認めていることからも明らかである。しかるに本件においては、被告知事は全手続の完結後において買収令書交付手続がなされなかつたことを発見したものであるから農地法施行後においては同法の規定によつて買収処分をなすべきであり、同法施行法の規定によつて自創法所定の手続を追完することは許されない。

(二)  昭和二十二年一月一日、同月二十日並びに同月三十日の三回に亘つて農林省農政局長から各地方長官に宛てて発せられた農地等の買収及び売渡事務処理に関する通達によれば、買収、売渡手続は昭和二十二年度内になるべく完了し、少くとも全体の四分の一を同年度内に完成させるべく、同年度の買収及び売渡の期日は三月末日とし、そのためには同月二十五日頃迄に買収令書及び売渡通知書の交付を終えなければならないものとされている。したがつて、本件土地につき若し農地として買収及び売渡をするのであれば、それはなるべく昭和二十二年度内に完了すべく、遅くとも昭和二十五年頃迄には完了しなければならない。また昭和二十二年七月二日を買収の時期とするならば、遅くとも同年六月末日頃迄に買収令書を交付しなければならない。しかるに本件土地については昭和二十二年七月二日を買収期日とする買収令書が昭和三十年十二月二十二日交付され、しかもその八年前に既に売渡処分が完了し、登記手続も終了しているから、明らかに前記通達に違背する。のみならず、前行処分と後行処分とが前後し、手続として一連的合体の関係を欠いているから、かかる買収処分は無効である。

(三)  前記のように、被告知事は本件買収処分を完了したつもりでいたところ、本訴の提起によつて買収令書が未交付であることを知り、自己の手続上の欠陥を糊塗するため、急遽買収令書を郵送したものであつて、しかも農地法施行法第二条がかかる目的の行為を許した規定でないことも前述のとおりであるから、みぎの令書交付は法令の目的と無関係な不純な目的をもつて故意になされたものであり、明らかに無効というべきである。

(四)  本件買収処分が仮に以上の点で無効ではないとしても、本件買収処分は昭和三十年十二月になされたにも拘らず、買収の対価は昭和二十二年七月当時の農地価格によつている点で、余りにも私有財産権を無視したものであり、明らかに憲法第二九条第三項に違反した無効な処分である。また、畑三反二畝二五歩の買収価格が金二、八三六円八〇銭では、とうてい正当な補償ということができない。

四、仮に本件買収処分が無効でないとしても、次の理由により取り消されるべきである。

本件土地は雑木の密生した山林であつて、農地ではなかつた。また久保田弘は被告榎本に対し本件土地に変つたことがあつたら知らせてくれと依頼したのみで、同被告が耕作することを承諾したことはない。したがつて、本件買収処分は非農地を農地と見誤り、自作地を小作地と誤認してなされた違法な処分であるから、取り消されるべきである。

五、したがつて、みぎの無効な、もしくは取り消されるべき買収処分を前提として被告知事のなした前記売渡処分もまた無効であり、もしくは取り消されるべきであり、かかる無効もしくは取り消されるべき買収処分並びに売渡処分に基いてなされた前記の各登記は、いずれも抹消されるべきである。

六、被告農業委員会のなした前記買収計画は、同委員会において農地調査規則第一条第一一号に違反し本件土地に関する調査をなさず、その結果非農地を農地、非小作地を小作地と誤認して樹立したものであり、かつ買収計画樹立の通知、公告をもなさなかつたものであるから、かかる買収計画は無効である。

七、仮にみぎの事由が本件買収計画の無効原因とならないとしてもその取消原因となることは明らかである。更に、本件買収計画は前記のとおり昭和三十年十二月二十二日迄買収処分が行われずに放置されていたから、この買収計画に基いて買収処分を行うことは、一連の手続を要求されている農地買収手続としては許されない。したがつて、本件買収計画はそれに基く買収処分により手続を終結させるという目的を達することができなくなつたのであるから、当然に取り消されなければならない。仮に本件土地につき農地買収手続をなすべきであつたとしても、農地法に基き最初から改めて買収手続をなすべきであつたのであつて、一連合体の関係を保つたことのできないみぎ買収計画を維持すべきではない。

八、久保田弘が本件買収計画の取消を訴求するにつき出訴期間を遵守し得なかつたことについては、次のような正当な事由がある。

みぎ弘は本件土地の買収につき買収計画の通知も買収令書の交付も受けずにいたところ、たまたま昭和二十八年七月、登記所におもむいて登記簿を閲覧した際、始めて買収処分に因る登記のなされている事実を知つたが、その後高血圧症が悪化したため、同年十月に至り漸く新宮、尾崎両弁護士に本件解決方を委任した。みぎ両代理人は直ちに事実を調査した結果、一応前記各違法事実が判明したので、更に同年十一月二十四日被告委員会に対し、また同年十二月二日被告榎本に対し、それぞれ書面をもつて照会したが、その回答に接しないうちに新宮代理人は病臥し、昭和三十年七月頃迄療養し、尾崎代理人も老齢のため、本訴の提起手続は事実上停止し、同年八月、新たに大庭弁護士の協力を得てようやく提訴することができたものである。

第三、答弁

一、(一) 請求の趣旨(被告農業委員会に対する予備的請求を除く)に対し、

(1)  原告らの請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

(二) 被告農業委員会に対する予備的請求についての同被告の答弁

(1)  「本件訴を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。

(2)  予備的に、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。

二、原告ら主張事実中、前記第二、の一、二、記載の事実は全部認め、同四、六、記載の事実は全部否認する。

三、原告らの前記第二の三の主張に対する被告国並びに同東京都知事の主張

(一)  農地法施行法第二条第一項の規定の趣旨は、農地法施行の日である昭和二十七年十月二十一日当時において買収の効力の生じていないすべての農地につき、その理由の如何を問わず、自創法第六条第五項による買収計画樹立の公告の有無を標準とし、既に該公告のなされている農地については、従前どおり自創法の規定にしたがつて以後の手続を進めるべきものとしたことにある。原告らの主張するようにみぎの規定を狭く解すると、短期間に全国で二百町歩にのぼる小作地を解放しなければならなかつた農地改革事業において、手続上何らかのかしがあつたために買収の効果が未だ発生していない場合には、農地法が施行されたばかりにかしを追完する途が閉ざされ、自創法が継続して施行されていれば当然買収されたものが買収を免れることとなつて、農地改革の不利益を当然平等に甘受しなければならなかつた農地所有者の間に均衡を失し、公平の原則に反する結果となり、また場合によつては農地法によつてももはや買収し得ない農地を生ずることになつて、著しく正義公平に反する。

なお、原告らは、農地法施行法第三条が自創法による売渡手続については売渡通知書の交付がなされている場合に限り従前の例によることと規定していることに着眼し、これを所説の一論拠としているが、売渡処分は買収処分と異なつて処分の相手方に利益を与える行為である上に、その対象も既に特定していたため、農地法施行の日迄に売渡手続を紛争もなく完了することが可能であつた。したがつて売渡手続については殊更に同法第二条第一項のような規定を設ける必要がなかつたから、同法第三条のように規定されたにすぎないのであつて、その間に立法者の意思の不統一があるわけではなく、むしろ逆に、この故に買収手続に関する経過規定として同法第二条第一項の規定を設けた理由があるのである。

(二)  原告らは、昭和三十年十二月になされた農地買収処分において昭和二十二年七月当時の農地価格をもつて買収の対価としている点を憲法第二九条第三項違反である旨主張するが、自創法において定められた買収対価が正当な補償額にあたることは、既に最高裁判所が判示しており、本件の場合において従前の手続によることが公平の原則に合致することは前述のとおりであるから、買収対価も従前の例に従うのが公平である。また、原告らが買収対価につき不服があるときは、農地法施行法第二条第二項、自創法第一四条の規定により、買収処分の効力とは別に訴をもつてその増額を請求することができるのであるから、対価の当不当は買収処分の効力に影響を与えるものではない。

四、原告らの前記第二の四、六の主張に対する被告らの主張

本件土地は昭和十二年頃東京市が訴外市村駒之助に払い下げたものであるが、当時は九八五坪の地上に松、檜が三、四本あるだけであつた。そして同人は本件土地を訴外野崎茂敏に管理させ、野崎は本件土地を整地した上、その荒廃を防ぐため、昭和十三年頃被告榎本に耕作を依頼した。以来同被告が本件土地を耕作していたところ、昭和十四年十二月久保田弘がその所有権を譲り受け同人は昭和十五年二月頃同被告に対し引続き本件土地を耕作することを依頼した。よつて同被告はこれを承諾して耕作を続け、昭和十七年頃から収穫が上るようになつたので、以来毎年盆暮に農作物を同人宅に届けていた。その間地上の松三本は同人に頼まれたと称する者が伐採して運び去り、檜は枯れた。被告農業委員会は昭和二十二年五月二十二日本件土地の一筆調査をしたが、その時は本件土地は地上に樹木は一本もなく、完全な畑であつた。

したがつて、本件土地を小作地と認めてなした被告農業委員会の買収計画も被告知事の買収処分も適法である。

五、被告農業委員会の前記一の(二)の答弁の理由

被告農業委員会は、原告らの主張するように、昭和二十二年六月九日本件土地につき農地買収計画を樹立し、即日その公告をしたから、みぎ買収計画の取消を求める訴は、農地法施行法第二条第二項、自創法第四七条の二第一項但書並びに同法付則第七条第二項の規定により、自創法改正法の施行された昭和二十二年十二月二十六日から二箇月の期間内に提起されなければならない。しかるに被告農業委員会に対する本件買収計画取消の訴はみぎの出訴期間の経過後に提起されたものであるから、不適法として却下されるべきである。

仮にみぎの主張が理由がないとしても、本件買収計画は前項記載のとおり適法である。

第四、(証拠省略)

理由

一、別紙目録記載の土地をもと久保田弘が所有していた事実、被告農業委員会が昭和二十二年六月九日みぎ土地につき不在地主の小作地に該るものとして買収計画を樹立した事実、被告知事が本件土地につき同年七月二日付の買収令書を昭和三十年十二月二十二日みぎ久保田弘に交付して買収処分をなし、昭和二十二年七月二日附で被告榎本福太郎に対し農地売渡処分をなした事実、本件土地につき東京法務局中野出張所昭和二十五年一月十七日受付第四五三号をもつて農地買収処分に基く農林省のための所有権取得登記が、また同法務局同出張所同年同月三十一日受付第九九八号をもつて農地売渡処分による被告榎本のための所有権取得登記が、それぞれなされた事実、久保田弘が昭和三十一年十月二十六日死亡したので久保田ハナ及び原告夏原裕子がみぎ弘を共同相続した事実並びに同年十二月五日みぎハナの死亡により、同人を原告両名が共同相続した事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、買収処分の無効原因について。

(一)  原告らは先ず農地法施行法第二条第一項の規定は自創法による買収手続のかしを補完させるためのものでないから、みぎの条項を適用してなされた本件買収処分は無効である旨主張する。しかし、みぎの条項が「左に掲げる土地、、、、、、で農地法の施行の時までに買収、、、、、、の効力が生じていないものは、なお従前の例により買収、、、、、、するものとする。」と規定し、その第一号として自創法第六条第五項の規定による公告があつた農地買収計画に係る農地を掲げているところからみれば、買収計画の公告がなされたのみでその後の手続がなされていない農地につき自創法の規定に従つて以後の買収手続をなし得ることはもちろん、買収手続は一応終つたが、その一連の手続の一部にかしがあるため買収処分の効果が生じていない農地についても、既に買収計画の公告がなされている以上は、なお自創法の規定にしたがつてかしを補完し得ることをも規定したものと解するのが相当である。農地法施行法第三条第一項の規定によれば、売渡処分については売渡通知書の交付がなされている場合、すなわち売渡処分が形式上完成している場合にのみ、以後の附随的手続を自創法の規定にしたがつてなすべきものとされており、買収手続の場合と趣を異にしているが、みぎの規定も、後続手続が未だなされていない場合に自創法の規定によりこれをなすべきことを規定したのみでなく、後続手続にかしがある場合においても、なお自創法の規定にしたがつてこれを補完し得ることをも規定したものと解すべきである点においては、同法第二条第一項の規定と異なることがなく、両規定の主な相異は、農地法の施行に伴い従前なされた手続をどの程度のものまで従前の例によらしめるべきかについて、その規準とすべき時点を一は買収計画の公告の時に求め、他は売渡通知書の交付の時に置いているにすぎない。したがつて、第三条第一項の規定を理由として第二条第一項の規定を原告らの主張するように狭く解すべき理由はない。

(二)  原告らは、本件買収処分が農林省農政局長の通達に違背するから無効であると主張するが、およそ行政処分が法令に従つてなされた場合には、仮にそれが上級行政庁の指示に違背するものであるとしても、そのことのゆえに当該行政処分が当然無効であるということはできない。また、原告らは、本件買収処分は売渡処分の後になされ一連的合体の関係を欠いているから無効であると主張するが、自創法に基く農地買収処分がなされたことを前提としてなすべき売渡処分が、買収処分よりも先になされた場合には、かかる売渡処分の効力が問題となることはあり得ても、そのゆえに買収処分の効力が否定されるべきではないから、みぎの主張も理由がない。

(三)  原告らは更に、本件買収処分は本訴提起後不純な動機をもつて急遽なされたものであるから無効である旨主張するが、本件買収処分は農地法施行法第二条第一項の規定によりなされたものと認めるべきことは前記説示のとおりであり、他に特別な事情の存しない限り、行政処分がその効力を争う訴の提起後になされた一事のみをもつてしては、当該行政処分が不純な動機から発したものとは認め難いところ、本件買収処分が原告ら(当時は久保田弘)の権利を故なく奪う等の不純な動機からなされたものであることについては他に何らの具体的事実の主張も立証もないから、みぎの主張もまた採用し得ない。

(四)  更に原告らは、本件買収処分は対価が低額にすぎるから、正当な補償の下における買収とは称し得ない旨主張する。しかし農地法施行法第二条第一項により本件買収処分に適用される自創法第一四条は、同法第三条の規定により買収した農地の対価の額に不服のある者は、訴をもつてその増額を請求し得ることを規定しているので、みぎの規定によれば、同法第三条の規定による買収処分それ自体の効力は、買収価額の当不当もしくはその算定方法におけるかしによつて影響されず、買収処分における補償の正当性は、みぎの規定による独立の訴を認めることによつてこれを保障しているものと解すべきである。したがつて、本件買収処分も、その対価の額が不当であること、もしくは買収処分の八年前の価格によつて算出されていることによつて、その効力を左右されるものではない。

三、買収処分の取消原因について。

成立に争いのない甲第四号証(登記簿謄本)の記載に証人安孫子晢、同野崎茂敏、同関口寅之助の各証言及び被告榎本福太郎本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

本件土地は昭和十二年に訴外市村駒之助が東京市から払下を受けて訴外野崎茂敏に管理を依頼したので、同人は整地をした上、荒廃するのを防ぐため、みぎ市村の承諾を得て、農業を営む被告榎本に無償で耕作させていた。昭和十四年十二月久保田弘がみぎ市村から本件土地を買い受けたが、その後間もなくみぎ野崎と共に被告榎本方を訪れ、同被告に対し土地の荒れるのを防ぐため従前どおり耕作して欲しい旨申し入れ、同被告はこれを承諾し、期間の定めも小作料の定めもなく、同被告が引続き耕作することとなつた。

その頃本件土地上には西側と北側の端近に松が四、五本生立しており、また中央部には比較的小さな檜が一本生立していたが、同被告は、みぎ樹木の生えている部分を除く全部の土地の開墾を昭和十五年頃迄に完了した。一方本件土地の従前の登記簿上の地目は山林であつたが、昭和十六年九月十九日受付をもつて地目を畑と変更する旨の登記手続がなされ、同日受付をもつて、本件土地につき株式会社日本勧業銀行のため債権額を金一万二千円とする抵当権設定登記手続がなされた。当時久保田弘は航空機製作会社の取締役をしており、また鉱山事業に資金を投じていた。なお前記の抵当権設定登記については、昭和十八年十月二十一日受付をもつて、弁済による抹消登記手続がなされた。他方被告榎本の耕作により本件土地は昭和十七年頃にはようやく普通の畑としての収穫を上げ得るに至つたので、同被告は同年の夏頃弘方に行き同人に対し小作料を払いたいから額をきめてほしい旨申入れたところ、同人は戦時中で食料が不足して来た折から、小作料は金銭でなく収穫物がよいと返答した。そこで同被告は、幾分でも小作料を納める積りで、同年から昭和二十一年末に至る間、毎年盆暮の二度野菜類七、八貫以上を大籠に入れて弘方に届けた。また本件土地上の立木のうち、松は弘が戦時中伐採して運び去り、檜は終戦後枯れたので、昭和二十二年五月被告農業委員会が本件土地を調査した時には、本件土地は全部畑として耕作されていた。そして現在における本件土地の周囲の状況は、一方が宅地、一方が山林となつているほか、他の二方も畑となつている。

前記証人関口寅之助の証言中、本件土地は戦時中は弘が取締役をしていた会社が耕作しており、その間被告榎本が無断で耕作したことがある旨の証言部分は措信し難い。また、証人安孫子晢の証言により同人が久保田弘の供述を筆記したものであることを認め得る甲第一号証(上申書)の記載中、弘が本件土地の周囲に側溝を作つたこと、被告榎本から受取つた野菜類には対価を支払つたこと、同被告から本件土地を小作させてくれとの申込を受けたが拒絶したこと及び前記の地目変更登記手続が同人の知らぬ間になされた旨の供述記載部分は、いずれも措信し難くまた証人夏原豊次郎の証言及び原告夏原裕子本人尋問の結果中亡弘からの伝聞に係る部分で前記認定に反する部分も、同様に措信し難い。その他前記認定を左右するに足りる証拠は存しない。

みぎの事実によれば、本件土地は前記買収期日において被告榎本が耕作する小作農地であつたことが明らかであり、久保田弘が本件土地の存する東京都中野区に居住していなかつた事実は原告らの明らかに争わないところであるから、本件買収処分には原告らの主張する取消原因たるかしも存しないと言わなければならない。

四、売渡処分の無効確認もしくは取消の請求並びに各抹消登記手続の請求について。

前記のとおり本件買収処分に何らのかしも認められない以上、本件土地については単なる前所有者の相続人にすぎない原告らは本件売渡処分につき何らの利害関係を有しない筋合であるから、その無効確認もしくは取消を訴求する法律上の利益を有しないものというべきである。したがつて、本件買収処分及び売渡処分が無効であること又は取消されることを前提とする被告国及び被告榎本に対する各所有権取得登記の抹消登記手続の請求は理由がない。

五、被告農業委員会に対する無効確認の請求について。

被告委員会が本件土地につき昭和二十二年六月九日買収計画を樹立したことは前記のとおりであり、証人田辺剣二の証言によれば、被告委員会はみぎ買収計画樹立後即日これを東京都中野区役所の掲示板に公示して二〇日間公告した事実を認めることができる。原告らは被告委員会がみぎの買収計画を久保田弘に通知しなかつたことを違法原因として主張するが、買収計画の通知については自創法上何らの規定もなく、同法第六条第五項の規定によれば買収計画の告知方法としては公告のみが要求されてるのであるから、みぎの主張も理由がない。また原告らはみぎの買収計画も事実誤認に基くものであり、また調査を経ずになされたものであると主張するが、その理由のないことは前記買収処分の取消原因について判断したとおりである。

六、被告農業委員会に対する予備的訴について。

原告らの買収計画無効確認の請求が理由のないことは、前項において判断したとおりである。原告らは予備的に買収計画の取消を訴求するのであるが、農地法施行法第二条第二項の規定により本件に適用される昭和二十二年法律第二四一号(自創法一部改正法)附則第七条第三項同年法律第七五号(民訴応急措置法)第八条によれば、行政庁の違法な処分の取消を求める訴は、当事者が処分のあつたことを知つた日から六箇月又は処分の日から三年を経過したときは、提起することを得ない。しかるに本件買収計画の公告が昭和二十二年六月九日なされたことは前項において認定したとおりであり、本件訴が提起された日は昭和三十年八月二十九日であることが本件記録上明らかであるから、みぎの予備的訴は出訴期間経過後に提起された不適法なものであつて、却下を免れない。

原告らは、久保田弘が本件買収計画のあつたことを知つたのは昭和二十八年七月であり、その後委任した弁護士のうち一名が病臥したため、昭和三十年八月に至り漸く出訴し得た旨主張するが、仮に久保田弘が本件買収処分のなされたことを昭和二十八年七月まで知らなかつたことにつき正当の事由があるとしても、同人の委任した弁護士のうち一名が病臥したことは、処分のあつたことを知つた日から六箇月以内に訴を提起し得なかつたことについての正当な事由となし難いから、結局みぎ弘が前記の三年の出訴期間を遵守し得なかつたことにつき正当な事由があるということはできない。

七、結局、原告らの被告国並びに同榎本福太郎に対する各請求、被告東京都知事との間における本件買収処分の無効確認請求並びに同被告に対する買収処分取消請求及び被告農業委員会との間における買収計画無効確認請求は、いずれも理由がないから、これを棄却すべく、本件訴中被告知事並びに同委員会に対するその余の部分は不適法であるから、これを却下すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項但書を適用し、敗訴当事者である原告らに連帯して負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

(別紙省略)

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